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ラーメン激戦区の現場から
 その光景はおよそ大衆食、B級グルメのラーメン屋の店内とは異質な空間で
あった。私の自宅の近くに、いわゆる行列のできるラーメン屋がある。最寄り
駅からも遠く、大きな国道沿いでもない。普通の住宅街の一角にオープンして
半年くらい経つだろうか。この店は電話番号も住所も公開されておらず、テレ
ビ取材にもほとんど応じたことがないという。地元の友人に誘われての訪問で
ある。

 私が住む町田・相模原地区は俗に言う“ラーメン激戦区”であり、カップラ
ーメンまで出した塩ラーメンの「雷門」、最近、テレビで紹介されてブレーク
したコラーゲンたっぷりラーメンの「胡心房(こしんぼう)」、九州ラーメンの
「火の国」や家系ラーメンはすべて出揃っている。また、ちょいと足をのばせ
ばテレビで一躍有名になった「ZUNDO−BAR」、ラーメン界に革命を起こしたと
いう中村英利氏の「中村屋」や、麺職人がラーメン屋を開いてしまった「隠国
(こもくり)」も私の出没圏内にある(ローカルな話で申し訳ない)。

 話を元に戻そう。その日は11時半には店に向かったが、暑さの中、既に20人
ばかりの列。待っている段階で何となく普通のラーメン屋と雰囲気が違うのに
気づく。すべての店とは言わないが、店の中からよく聞こえる、例えば「へい、
いらっしゃい」とか「ありがとうございましたー」などと言う店員の声がまっ
たく聞こえないのだ。周囲に流れる空気が静寂、無音である。

 いよいよ順番が来たので店に入る。厨房にはリーゼントヘアの男一人、私た
ちに一瞥するが「いらっしゃいませ」の一言も発しない。食券を購入してカウ
ンターに置くと無愛想にチラリと見ただけで注文の確認もなし。先に食べてい
たカップルが少し大きな声で話をしたとたん、そのロックンロール男は「お静
かに」と一言。店内に緊張が走る。そういえば、店内にはラーメンをすする音
しか聞こえずシーンと静まりかえっている。こりゃ、とんでもないところに連
れてこられたなあ。以前、テレビで見た強面ラーメン職人の店の光景が頭に浮
かぶ。

 出てきたラーメンは確かにうまい。ラーメンの好みは人それぞれだと思うが、
大半の人がうまいと唸る味である。郷に入ったら郷に従えとばかりに、のどま
で出かかっている「うまい」の言葉も発することなく黙々と食べる。次から次
に客が入れ替わるが、多くの客は店のルールを知っているのか、黙って待ち、
黙って食べる。
 でも皆、うまいものに出会ったときの表情だ。食べ終わって店を出る。腹と
舌は大満足ではあったがラーメン食べるときにこれほど緊張したのは初めてで、
自分向きの店ではないなと感じた。

 しかし、商売とは面白いものだ。無愛想でもおいしければ人は集まる。愛想
ばかりじゃ繁盛しない。多少、味はよくなくともサービスで持つ店もある。で
も、何か一つ“キラリ”と光るものは必要だということかもしれない。


             (2007/08/20 人材開発メールニュース第445号掲載)


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